ディクテーションの練習E867392_260209
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文章を書くことは、小説家を生業なりわいとしていながらこの説明はむつかしいけれど、あまり好きではない。昔からそうだった。学生のころははっきりと嫌いだった。面倒だった。日記を書くことなんか、学校の宿題でもない限りきちんと続けた記憶がない。
好きではないから短く書く。いろいろと思案をめぐらしても書くときは短い。
──短編小説なんだよなあ、俺は、やっぱり──
と思わないでもない。
しかし一般論としては、文章は短いほうがよい。わかりやすい。文章家でもない限り、短く、達意の文章を綴つづるのが第一義ではあるまいか。
文章は自分自身のために……たとえば心覚えのために綴る場合もあるけれど、基本的にはだれかに読んでもらうために書く。だったら読むほうの身にもなってほしい。
「そりゃ短いほうがいいよ」
自明である。相手に楽をしてもらうために、書くほうが努力する、この心がまえはだれしもが持ってよいマナーではあるまいか。短く、やさしく……やたら凝るのは特異なケースだろう。
私が短く書くのは主として怠惰のせいだが、このあたりになにほどかの理屈がないでもない。
とはいえ書くのは好きではなかったけれど、読むのは好きだった。とても好きだった。ずいぶんと幼いときから小なまいきにも、
──この文章、いいなあ──
いっぱしの評価を持っていた。それが客観的に正しいかどうかはともかく、この嗜し好こうはかなり強固のものだった。そして文章をよく覚えた。
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